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大阪高等裁判所 昭和39年(う)643号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

所論は、原判決は被告人等が無証紙ポスターを領布した事実を法定外文書領布罪をもつて処断したが、事案は証紙とポスターを配布するにあたつて証紙の数がポスターの数より少なかつたというだけのことである。昭和三七年法律第一一二号によつて公職選挙法が改正され、ポスターには検印制度のほかに証紙の制度が採り入れられ、掲示直前にポスターに証紙を貼ればよいこととなり、見本以外のポスターに証紙を使用することも、また一たん貼用した証紙をはがし他のポスターに転用することもできるいわゆる証紙の代替性が生じてきたのである。被告人等は本件において、証紙の数より多いポスターを証紙とともに配布した場合と、証紙の貼つてあるポスターと証紙の貼つていないポスターとを抱合せて配布した場合があるのであるが、原判決は、前者の場合にポスターと証紙の差の枚数をもつて、後者の場合には証紙の貼つてないポスターの数をもつてそれぞれ法定外文書と認定したが、前者の場合には観念的な数字の差を挙げるだけで構成要件に該当する文書の特定をせず、後者の場合には証紙の代替性を否定するものであつて、ともに犯罪成立の要件を欠くことを看適している。要するに証紙の代替性が認められる以上被告人等の行為はポスター掲示の準備行為にすぎないことは明らかである。結果的に無証紙ポスターが掲示されたことから被告人等を有罪と断定した原判例は公職選挙法令の解釈適用について重大な誤を冒し、ひいては事実を誤認する結果を生ぜしめたものであるから破棄を免れないというにある。

よつて案ずるに、昭和三七年七月一日施行の参議院議員の通常選挙に際しては公職選挙法一四三条のポスターにつき従来の検印制度のほか証紙制度がとりいれられ、特に参議院全国選出議員については運用上全面的に証紙制度が採用せられたことは、昭和三七年法律第一一二号および同年五月一六日中央選挙管理会告示第二号により明らかである。そして原審証人桜沢東兵衛、中村啓一の各証言によると、右の如き運用上の措置は専ら中央選挙管理会の手数と時間を省くため、反面選挙運動が迅速に行われよう便宜のために考案せられたものであつて、本質的には検印制度と証紙制度の間に差異はないこと、そしてかかる制度は右ポスターの法定制限枚数を確保するための方法にすぎないことが認められる。

以上のことから考察すると、証紙制度のもとにおいてはポスターに証紙をはる(従来は検印をおす)仕事だけが中央選挙管理会から選挙運動者の手に移つただけであつて、これに伴い必然的に、検印制度のもとにおいては検印のないポスターの配布は法定外の文書図画領布罪を構成することもあるのに対し、証紙をはつていないポスターを証紙をはるために選挙運動者らに配布することは当然許容されるというような差異の生じることはあるが、その他の点で特に選挙運動者にとつて運営上利益に改められたとは解せられないのである。従つて検印を受けたポスターの場合と同様、一度ポスターに証紙がはられるとその証紙はもはや使用目的を達成し、物理的に剥離することが可能か否かにかかわらずこれを他に転用することはできないものと解すべきである。けだし検印制度と証紙制度が本質的に差異のないことから又この制度が法定の文書図画の枚数制限確保を目的としているところからみて当然のことゝ考えられる。また中央選挙管理会に提出したポスターの見本以外の種類のポスターに証紙をはることが許されないことは、参議院全国選出議員選挙執行規定七条および前顕各証人の証言に照らし明白である。従つて証紙に所論の如き代替性があるとは認められないから、これを前提とする所論はとるをえない。

また証紙の数より多い枚数のポスターを証紙とともに配布した場合に、証紙の数を超える枚数のポスターは、それが掲示されるまでにこれを貼布すべき証紙を追送されず無証紙のまゝ掲示されるものであることを認識して配布したときは、その枚数のポスターはすなわち公職選挙法一四二条所定外の文書図画の領布に該当するものと解すべきであつて、その違反罪の成立には右枚数が確定すれば事実の確定性は十分であるというべきである。

以上のとおりであるから、所論はひつきよう独自の見解に立つて原判決を非難するに帰し、原判決には所論のごとき法令の解釈適用に誤りなく、また誤認の疑いはない。論旨はすべて理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官山田近之助 裁判官藤原啓一郎 石田登良夫)

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